夜の閉店後、店内は片付けの音だけ。 舞はイスに腰かけて、コーヒーの残りを揺らしている。 向かいには遥。いつもの飄々とした顔だけど、どこか考えこむ目。 沈黙が長いと、舞が切り出す。 「……遥くん、りゃんのこと、どう思ってるの?」 遠回りしない。こういう時は。 遥は一度目を伏せてから、まっすぐ返す。 「どうって……放っておけないやつ、かな」 舞は少し笑って、でも視線は鋭いまま。 「優しいね。それって、誰にでも?」 「いや」 遥はすぐ答える。 「りゃんだけ」 ああ、やっぱり。 舞の胸の奥で、ちょっと塩辛い感情が溶ける。 遥は続ける。 「無自覚に人を惹きつけて、無自覚に傷つける。 そのくせ自分がいちばん傷だらけ。 あいつ、そういうやつだよ」 舞は言葉を噛みしめるように、カップをくるりと回す。 (わかるよ、わかりすぎる) 「……ねえ遥くん」 言いながら、目を細める。 「りゃんを救いたい?それとも……独り占めしたい?」 遥は少しだけ間を置いて、苦笑した。 「どっちも、かな」 舞の喉が小さく鳴る。 同じだ。 自分も。 ただし――それを隠しながら笑っていられるほど、器用じゃない。 「私、りゃんに近づく人みんな敵に見えちゃうときある」 正直すぎる言葉が唇から滑る。 「でも、それ言ったら嫌われるでしょ」 遥は首を振る。 「嫌われないよ。むしろ正直でいいんじゃない?」 その言い方が、少し優しすぎて腹が立つ。 舞は乾いた笑みをこぼす。 「遥くんはずるいね。 同性ってだけで、わたしより近くにいられる」 遥はその嫉妬を正面から受け止めて、肩をすくめた。 「羨ましいなら、奪えばいいじゃん」 挑発でも、励ましでもない。 ただの事実を置かれた感じ。 舞はゆっくり立ち上がる。 テーブル越しに遥へ一歩近づき、低く言う。 「……奪うよ」 「りゃんは、わたしが欲しい」 遥は目を細め、だけど笑った。 「へえ。面白くなってきたじゃん」 ふたりの間に、火花みたいな静寂が落ちる。 結局どちらも、同じものを狙っている。 ――りゃんという、一番危うくて魅力的な人間を。 けんかすな それ、ありそうだね。 体が追いつかなくて、気持ちも置いてけぼりになる日。 少し断片で描く。 --- 翌朝、サロンの控室。 りゃんは鏡を真っ直ぐ見られない。 ホルモン注射の翌日はいつも、 体温がひとつ上がったみたいで落ち着かない。 胸の奥...