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酒の井戸の怪人

 ナナ姫が無事悪しき伯爵から解放され、救い出した勇者と婚約したと知らされたときは、村じゅうがどんちゃん騒ぎで、ナナ姫は慕われているなと改めて思った。一人、エルフのホルンだけは、なんだか寂しそうにしていたけど。
「小さい頃から知っている子が結婚すると、なんだか少し寂しくなるんだ。僕だけ置いていかれてるような気持ちになってね」
 昔、そんなことを言っているのを聞いたことがある。そのときのわたしはまだホルンの気持ちがよく分かっていなくて、「ふーん」と言って済ませてしまった。
 わたしが売却されたという知らせを聞いたのは、そんなお祭りで慌ただしいときだった。
 さいしょ、知らせを聞いたときは、またいつもの幻聴か、夢かなにかだとおもって相手にしなかったけれど、荷支度をして、いよいよ相手の家に向かう日になって、ああ、わたしはもう娼婦ではなくなるんだと、改めて実感してしまった。
 しかも、私を買ったのは王族だというのだ。
(まさか、召使いと言うことはないだろう。新婚夫婦のいるところに、慰安婦は不要だし。わたし、いったい何をさせられるのかしら)
 先の見えない疑問に答えてくれる者はおらず、ふと見れば、ホルンがまた寂しそうな目をしていた。
 わたしがここに来るずっとまえから、この「リトルホップ」で男娼をしているホルン。わたしはすっかり、エルフの彼の見た目年齢を越えてしまった。彼はずっとずっと、少年のままなのだ。
「大丈夫。たまには会いに来るよ」
「来なくていいよ、こんな所。それに、物理的に来れる確証はできないでしょ」
 見た目が子供なので、つい甘やかしたくなる。でも彼はわたしよりずっとずっと年上なのだ(でも、エルフの精神年齢は見た目と同じだと聞いたことがある)。その首元には、何千年と有効な「盟約の証」がはめられている。彼の首元からそれが外れるのは、今生きてる人間が全員死んだ、それよりはるか未来のことだろう。
「…元気でね」
「ホワイトも、元気で」
 わたしたちはそう言って、笑顔で別れた。

***

 どこへ行くのかと問うと、御者は王城だと言った。
 がたごとと揺れる馬車には、私一人しか乗っていない。ほかにも買い取った娘がいるのではないのだろうか。まさか私だけが買われた? だとしたら、何のために? 確かに私は元貴族だが、だからと言って王族に連れ戻されるほどの恩は売っていないはずだ。それは、今は亡き両親だって同じはずだが。
 そして王城に着いてみれば、私はその美しさに感嘆してしまう。
 美しく整えられた庭、そして太陽に照らされ純白に光る城壁。警備兵の鎧ですら、きらきらと光っている。あたしのいた掃き溜めとは大違いの場所であった。
 馬車が止まり、ドアが開けられた。おそるおそる降りてみるが、向かいや出迎えといった人は見当たらない。
 御者に連れられ、城の裏庭へ回る。メイド用の勝手口でもあるのだろうか? それとも、噂の勇者が王から賜った新しい剣の試し斬りに使われるのだろうか? そう言えば、世の中には女の血を使った風呂に入ると若さを保てるという伝説が――
 私がふらふらと考えていると、御者の足が止まった。
「こちらにお越しください」
 その人が指し示したのは、井戸。
「はぁ」
 メイド用の勝手口ではなく、さっそく井戸?
 水を汲んでそれを土産にしろと言うことだろうか。それとも、井戸を覗けば何かが見えるということ?
 わたしがおそるおそる覗き込んでみると――そこに水はなかった。
 そして、案の定と言うか、わたしは何者かに突き飛ばされ、井戸の底ふかくに落ちていったのである。
***
「いたたた…」
 手足はすりむけ、背中がずきずきする。
 井戸の深さは、人間が落ちても問題ではないほどではあった。ものすごく頑張れば、なんとか這い上がることだってできそうである。
 差し込む太陽光からのわずかな明かりで、辺りを見回した。これはいわゆる、「隠し通路」ではないだろうか? 城にはふだんから、幾つもの隠し通路があるのだという。それは、戦争や反乱のときに使われたり、時に王族の不正のために用いられたりする。
 わたしは、この「隠し通路」で、いったいどこへ行けばいいのだ?
 そのとき、向こうからランタンを持った人物が現れた。
 暗くて人相はわからないが、まだ若い人間の男性のようだった。
「来たね、出迎えが遅れてしまってすまない。なにぶん、地下では時間感覚がないもので」
 男がフードを取ると、そこには美しい姿の男性がいた。
 耳はとがっていないから、おそらく人間か、人に化けた何か。見覚えはないし、心当たりもなかった。
「あなたが、わたしの新しいご主人様ですか?」
「違う。僕はたしかにきみを買ったが、きみの主人ではない」
 ついに会えた! 私を買った本人に! 痛む背中をさすりながら、私は前のめりになる。なぜ私なのですか? あなたはこの城の何? 私の仕事は何ですか? 主人でないなら、あなたと私の関係は何なのですか? 私の両親を知っているのですか? ――聞きたいことが多すぎて、何から話せばいいのか分からず、わたしは言葉に詰まってしまった。
「君が望むのなら、ここから今すぐ出て行ってもらってかまわない。その井戸から這い上がることくらい、できるはずだ」
「は?」
 彼の言ったことが、私には理解できなかった。
 確かにわたしの値段なんて、この城の人間にとっては大した額じゃないだろうが、だからといって見返りもなしにこんなことをするはずがなかった。
「目的は何ですか?」
「なに、きみの気にする事じゃない」
「いや、気にするでしょう! そもそも、あなたは誰なんですか?」
 私がちょっと横柄に訪ねたことを後悔している間に、彼はひと呼吸ついてから言った。
「僕はサリュー。サリュー=カースト=サンクだ。これで答えになったかい?」
「わ、私はホワイトです。昔の名字はローレン…」
「知っている。綺麗になったね、ホワイト」
 ――やはり、過去に繋がりがあったのね! だけど私には覚えがない。こんな綺麗な顔、一度見たら忘れないような気がするけれど。
「探すのに苦労したんだ
「君には借りがあった。だから助けた」
「あの、借りって? って言うか、サンクって、王族の名字ですよね?」
「そう、僕は第一王子だから」
 第一王子????
 いったいどの国の話をしているんだろう。この国にはナナ姫しかいないはずなのに。
「僕は居るはずのない王子。隠し子だから」
「…だから、こんな地下に?」
「ああ、そうだ」
「さっき、『地下は時間感覚が…』って言ってましたけど、まさかずっと地下で暮らしているんですか?」
 そう尋ねたときの彼の笑い方には見覚えがあった。そう、わたしの大好きだったホルンが、諦めたように笑うとき――。
***
 世間はもう夕暮れ時だった。
 彼はずっと居てもいいと言ってくれたが、私は結局彼の井戸をとび出した。
 助けてくれた人に対してなんて冷酷だと人は言うかもしれないが、私は見ず知らずの人と日がな一日地下で暮らすくらいなら、せっかく手に入れた自由を使いたいと思った。
 フィールドにはモンスターがいて、私のような無力な人間は旅もできない。だから城下町に来るのは初めてなのだ。
(私のいた町よりは、活気もありそうだし、きっとすぐに仕事は見つかるわ。うん、そうに違いない)
 私はそうひとりごちてから、まずは近くの酒場に入った。
「いらっしやいませ」
「あの、なにかお仕事はありませんか?」
「仕事?」おかみさんは、わたしを見定めるように眺めた。大丈夫。娼婦をしていたことなんて、分かるはずがない。けど、内心はどきどきだった。
「うちはないけど…ねえあんた、

薬をやっているだろう。俺にはわかるぞ。

そうだ、わたしはクソみたいな人間だ。これといった特性もないし、時間を見つけては酒と薬に溺れてた。それでやっていけてたのは、ひとえにこの顔と若さがあっただけのこと。
――わたしはこの世界には必要とされていないんだと、改めて痛感した。
一瞬、彼の顔が浮かぶ。
このまま井戸に帰って、どうするのか。彼の妻にでもなるのだろうか? そんな気持ちにはなれない。妻にならなくても、妾になるかもしれない。
(まあ、そういう事には慣れてはいるけど)
結局、人の生き方なんてそう変わるものじゃないし。
さてと言って私は立ち上がり、夜のとばりの中を歩き出した。
***
「帰ってきてくれて、嬉しいよ」
 エプロンを着けたサリューが言う。わたしがそれを呆然と見ていると、彼は照れながら言った。
「あ、料理は趣味なんだ。わがまま言って作らせてもらっているんだ」

「つらくないの?ずっとここに閉じ込められて…」
「閉じ込められているんじゃないよ。僕が自主的に引きこもっているだけなんだ」
「…は?」
「ここにはいじめっ子もいないし、貴族のあれこれを押し付けるやつもいない。この場所でなら、僕は僕でいられるから」
「え?じゃあ…」
「『僕は王子から外してくれ』って言ったのも僕」
なんだ、心配して損したな。
つるっぱげの王が悩む姿が目に浮かんだ。
「奴隷との子供っていうのは本当だけどね」
彼は、消え入りそうな声でぽつりとつぶやいた。
自分の話をするのは、どうやら苦手らしい。
外に出る訓練

わたしがついてるから…
「そんなの、『奴隷の子供』っていうのに甘えてるだけ」
なんて言ったら殺されそうだ。
そもそもあたしが、彼の苦しみを分かってあげられるはずがないのだし。
あたしが酒に逃げてたのと、なにも違わない。

仕事が見つからず、途方にくれる。

 わたしは訝しげな表情をしていたからだろうか、彼は慌てて言った。
「」

あ、きみがおぼてえいないのもむりはない

サリュ:[ナナの兄、第一王子。]

めたふぃくしょんというなら
ぶきよ
てんぷら
ひとりだと、